おせち料理と少年の約束

食べ物

かつて、山里に暮らす一人の少年、蓮(れん)がいました。
蓮の家は代々、伝統的なおせち料理を作る家系で、祖母の凜(りん)が家族にその技術を伝えていました。
しかし、蓮にはおせち料理がただの古い習慣のように思え、あまり興味を持てませんでした。

「蓮、これを見てごらん。」

ある年の年末、祖母が古びた木箱を蓮の前に置きました。
その中には古いレシピ帳と、一つの黒い漆の重箱が入っていました。

「これはね、私たちの家に代々伝わる大切な宝物なんだよ。」

凜が語るには、この重箱は江戸時代から家に伝わるもので、家族が健康で幸せに過ごせるよう願いを込めて、おせち料理を詰めるために使われてきたとのことでした。
しかし、蓮にはその価値がよくわかりませんでした。

「ただの古い箱じゃないか。今どきコンビニでもおせちは買えるんだよ。」

祖母は微笑みながら言いました。
「そうかもしれないね。でもね、おせちにはね、食材一つひとつに意味があるんだよ。それに、自分で手間ひまかけて作ることに、大切な想いが宿るんだ。」

そう言って、祖母は昆布巻きを作り始めました。
「昆布はね、『喜ぶ』につながる縁起物なんだよ。それに、長く続くご縁を表しているの。」

次の日から、蓮はいやいやながらも祖母の手伝いを始めました。
黒豆を煮るとき、祖母が「黒豆は勤勉に働く象徴だ」と教えてくれたり、数の子を漬けるときには「数の子は子孫繁栄を願うものだ」と話してくれたりしました。
蓮は少しずつ、その意味に興味を持ち始めました。

数年後、蓮が高校生になった年、祖母が急に倒れて入院することになりました。
年末を迎えるころ、病室の祖母は蓮にこう言いました。

「蓮、おせちを作ることができるかい? 今年は私が手伝えないけど、あなたならできる。」

蓮は驚きました。
祖母なしでおせちを作るなんて、自分には無理だと思っていたのです。
でも、祖母の期待する目を見て、決意しました。

古いレシピ帳を開き、祖母の教えを思い出しながら、蓮は一人で料理を始めました。
黒豆を煮る時間を間違えて焦がしてしまったり、伊達巻が形を崩してしまったりと、失敗も多くありましたが、それでも蓮は諦めませんでした。

大晦日の夜、病室に持っていった蓮の作ったおせちを見て、祖母は涙ぐみました。
「蓮、こんなに立派に作れるようになったのね。」

やがて祖母は亡くなり、蓮は成人して家庭を持ちました。
そして、今度は自分の子どもたちにおせち料理を教える番になりました。

蓮は語ります。
「おせちはただの料理じゃないんだ。一つひとつに込められた願いや想いを、次の世代に伝えていくものなんだよ。」

新しい年を迎えるたび、蓮の家の台所では祖母から受け継がれたレシピ帳が広げられ、古びた漆の重箱に思いを込めた料理が詰められていきます。
おせち料理は、蓮の家族にとって大切な物語そのものになっていました。