村は小さな谷間にあり、周囲を山々が囲んでいた。
その村には、古くから伝わる一つの言い伝えがあった。
それは、「虹の根元には願いを叶える力がある」というものだった。
しかし、誰一人としてその力を手にした者はいなかった。
エマはその村に住む15歳の少女だった。
彼女は幼いころに母親を病で亡くし、父親と二人で暮らしていた。
父は木こりをして家計を支えていたが、最近は体調を崩しがちで、仕事に出る日も減っていた。
そんな父を見て、エマは「父に元気を取り戻してほしい」と毎日願っていた。
しかし、その思いだけではどうにもならない現実が、彼女の胸を重くしていた。
ある日、激しい雨が降った後に、見事な虹が空にかかった。
エマはその虹を見上げながら、母が生前に語ってくれた言い伝えを思い出した。
「虹の根元に行けたら、どんな願いでも叶うのよ。」エマの心には、再び希望の光が灯った。
「もし本当に虹の根元に行けたら、父を元気にできるかもしれない。」
エマは決意を胸に、虹を追いかけて山道を進み始めた。
虹はまるで彼女を導くように、遠くの森や谷へと伸びていた。
しかし道中、険しい崖や深い森が行く手を阻んだ。
エマは何度も挫けそうになったが、心の中で母の声を思い出しながら足を進めた。
森の中で、彼女は一人の老人と出会った。
彼は深い緑色のマントを羽織り、手に杖を持っていた。
「お嬢さん、こんな山奥で何をしているのだね?」と老人は尋ねた。
エマは虹の言い伝えと自分の願いを話した。
すると、老人は優しく微笑み、「虹の力を手に入れるには試練を越えねばならぬ。
それは簡単なことではないよ」と言った。
しかし、エマの決意を知ると、老人は「この杖を持って行きなさい。それが君を助けてくれるだろう」と木の杖を渡してくれた。
杖の力で岩を動かし、暗い洞窟を進むエマ。
道中、彼女は虹色の鳥や、話すことのできる花々に出会い、助けられながら前へ進んだ。
そしてついに、虹の根元と思われる場所にたどり着いた。
そこは静かな湖のほとりで、湖面に虹の輝きが映り込んでいた。
湖の中央には七色に輝く石が浮かんでいた。
それに触れた瞬間、エマの胸の中に暖かい光が広がり、母の声が聞こえた。
「エマ、あなたの願いが本当に他者のためなら、虹はその力を分けてくれるわ。」
エマは深く頷き、「お父さんの体を治してください」と強く祈った。
その瞬間、虹の光が湖全体に広がり、やがてエマを包み込んだ。
気がつくとエマは自分の村に戻っていた。
家に帰ると、父が元気そうに木を割っている姿が目に入った。
驚いたエマに、父は笑顔で「どうしたんだ、急に元気が戻ってきてさ」と言った。
その後、虹の根元の場所について語るエマの話は、村人たちにとって新たな伝説となった。
そしてエマは、その経験から一つのことを学んだ。
大切なのは願いそのものだけでなく、その願いが誰かのために純粋であることだということを。
空に再び虹がかかるたびに、エマは母との思い出と、あの湖の静けさを思い出すのだった。