高校二年生の翔太は、誰よりもメガネが好きだった。
ただの視力矯正器具ではなく、翔太にとってメガネは自分自身の一部であり、彼の世界を広げる魔法の道具だった。
翔太が初めてメガネを手にしたのは小学四年生のときだった。
授業中、黒板の文字がぼやけて見えなくなり、母親と一緒に眼鏡屋へ行ったのがきっかけだった。
そのとき手に入れたシンプルな黒縁のメガネを掛けた瞬間、翔太はまるで新しい世界に迷い込んだかのような感覚を覚えた。
葉っぱの一枚一枚がはっきり見える。
遠くの空に飛ぶ鳥の姿が鮮明だ。
その日から翔太にとって、メガネはただの道具ではなくなった。
高校生になった翔太は、メガネに対する情熱がさらに深まった。
彼は休日になると町の眼鏡屋を巡り、新作のフレームやレンズを試着するのが何よりの楽しみだった。
古風な丸型、クラシックなウェリントン型、最近流行りのクリアフレーム――それぞれのデザインが持つ個性に心惹かれた。
彼の部屋の棚には、集めたメガネのコレクションがずらりと並んでいた。
ある日、翔太は近所の小さな眼鏡屋「透視堂」に足を運んだ。
この店は昔ながらの雰囲気を持ち、少し奥まった場所にひっそりと佇んでいる。
店内に入ると、眼鏡職人らしき白髪の老紳士が出迎えた。
「ようこそ、若いの。何か探しているのかい?」
翔太は目を輝かせて答えた。
「特別なメガネを探しているんです。」
老紳士は静かに笑い、「ここにあるメガネはどれも特別だが、君が言う特別ってのはどんなものだ?」と尋ねた。
「うまく説明できないけど……普通のメガネ以上のもの。世界がもっと広がるような、そんなメガネです。」
老紳士は少し考え込むと、店の奥から小さな木箱を取り出した。
中には繊細なデザインの金縁メガネが入っていた。
「このメガネを試してみなさい。ただし、かけるときには心を澄ませることだ。そうすれば、きっと君の求める世界が見えるだろう。」
翔太はそのメガネをそっと手に取り、顔にかけてみた。
その瞬間、彼の視界はまるで万華鏡のように鮮やかに広がった。
普通の風景がまるで絵画のように美しく見え、道行く人々の表情や仕草がこれまで以上に豊かに映った。
翔太は驚きのあまり言葉を失った。
「これは……何なんですか?」
老紳士は穏やかに答えた。
「君の心が映し出す世界さ。このメガネはただの道具じゃない。君自身の感受性が、見えるものに色を付けるのだよ。」
その日以来、翔太はそのメガネを大切に使い続けた。
それは単に視力を矯正するだけでなく、彼の心の目を開かせ、日常の中に隠れた美しさを見つける手助けをしてくれる存在だった。
そして翔太は、いつか自分自身でメガネを作る職人になろうと決意した。
彼が作るメガネが、誰かの世界を広げる力を持つものになるように――。