雪がちらつく季節、隆(たかし)は一人静かに祖母の家の庭を見つめていた。
そこには、真冬の寒さをものともせず、淡い紅色の花びらを広げるサザンカが咲いていた。
風に揺れるその姿はどこか懐かしく、そして温かかった。
隆がこの庭に来るのは何年ぶりだろうか。
祖母が亡くなり、その家を整理するために訪れたのが今回の目的だった。
だが、庭に足を踏み入れた瞬間、幼い頃の思い出が一気に蘇った。
隆が子どもだったころ、祖母はいつも庭の手入れをしていた。
その中でもサザンカは特別だった。
「サザンカはね、寒い時期に咲くから、どんなときも希望をくれる花なんだよ」と祖母は微笑みながら話していた。
その言葉が、隆の胸に深く刻まれていることを、この日初めて実感した。
小学生の冬、いじめに悩んで学校に行きたくない日が続いたことがあった。
友達だと思っていた相手が突然冷たくなり、居場所がなくなったように感じていた。
そんなとき、祖母は何も言わず、隆を庭に連れ出した。
そして、サザンカの花を指差しながらこう言った。
「寒いときでも咲く花がある。どんなに冷たい風が吹いても、こうして頑張る花を見ていると、私たちも少しずつ強くなれるよ。」
その言葉に励まされ、隆は少しずつ自分を取り戻していった。
あの花があったからこそ、彼は暗い時期を乗り越えられたのだ。
しかし、隆はいつしか忙しさに追われ、祖母の家を訪れることもなくなった。
祖母が亡くなったという知らせを受けたときも、忙しさを理由に葬儀にすら出席しなかったことを後悔している。
それでもこの庭に立つと、祖母の声が聞こえてくるような気がした。
「ほら、まだ咲いているだろう?サザンカは寒さに負けない花だよ。」
手袋を外し、そっと花びらに触れてみる。
冷たいはずの花びらは、どこか温かい気がした。
隆はふと、祖母が遺した日記を思い出し、部屋の奥から引っ張り出してきた。
日記の中には、庭の花々にまつわるエピソードが綴られていたが、その中でもサザンカに関する記述が多かった。
「サザンカを見るたびに、人生の厳しさの中にある美しさを思い出す。どんなに寒くても、咲き続ける花のように強くありたい。」
その言葉を読んだとき、隆の中で何かが動いた。
忙しさにかまけて見失っていたもの――祖母が教えてくれた「困難の中でも希望を見つける心」――を取り戻した気がした。
春が来るころ、隆は祖母の家を整理し終え、新しい持ち主に引き渡す準備を整えていた。
しかし、庭のサザンカだけは掘り起こし、自分の家に移すことに決めた。
「ありがとう、おばあちゃん」と小さな声でつぶやきながら、隆はサザンカを新しい庭に植えた。
その後、冬が訪れるたびにその花を見ては、祖母の言葉を思い出すのだった。
そして、いつか自分の子どもが生まれたら、同じようにこのサザンカを見せて話してあげたいと思う。
「どんな寒さの中でも、咲き続ける花があるんだよ」と。
サザンカの咲く庭は、隆にとってただの思い出の場所ではない。
人生の希望と強さを教えてくれる、特別な場所になったのだ。