深い山の中に、タヌキチという名の若いタヌキが住んでいました。
タヌキチには少し変わった特技がありました。
それは、道路を安全に横断することです。
人間にとっては当たり前の行為でも、動物にとって道路は命がけの場所。
多くのタヌキが車に驚き、事故に巻き込まれてしまう中、タヌキチだけは違いました。
彼は幼い頃から道路のそばに座り込み、車の動きや人間の交通ルールをじっくり観察していたのです。
その結果、最も安全なタイミングで渡る方法を身につけました。
この特技のおかげで、タヌキチは「横断の名人」として仲間たちに知られるようになりました。
困ったときには彼の助けを借りるのが普通になり、特に「黄金のクルミの木」へ行くときにはタヌキチの存在が不可欠でした。
この木は山の向こう側にあり、そこにたどり着くには大きな国道を渡らなければなりません。
タヌキチが先頭に立ち、仲間たちを無事に渡らせることで、皆は安心してクルミを手に入れることができるのでした。
ある晴れた日、タヌキたちの間で新たな冒険の話が持ち上がりました。
山の向こうには「夢の果実園」と呼ばれる場所があり、そこには甘いマンゴーや熟したイチジクがたくさん実っているという噂が広がっていました。
しかし、果実園へ行くにはこれまで以上に危険な道路を渡る必要があります。
それは高速道路で、車が次々と猛スピードで走り抜けていく場所でした。
仲間たちはその危険さに尻込みしましたが、一匹がタヌキチに相談しました。
「タヌキチ、お前の知恵ならどうにか渡れる方法が見つかるんじゃないか?」タヌキチは少し考え込んだあと、いつもの自信に満ちた声で言いました。
「大丈夫さ。みんなで協力すれば、きっと渡れるさ。」
まず、タヌキチは仲間たちに道路の観察をさせました。
「車がどのくらいの速さで来るのか、どのタイミングで車の流れが途切れるのか、それを見極めるのが大事なんだ。」タヌキたちは道路脇に隠れながら、車の流れをじっくり見つめました。
次にタヌキチは、横断の際に守るべき三つのルールを教えました。
一つ目は、一列になって進むこと。
バラバラに動けば、それだけ危険が増すからです。
二つ目は、信号を活用すること。
車が一斉に止まるタイミングを狙えば安全に渡れます。
そして三つ目は、焦らずに立ち止まる勇気を持つこと。
急いで動き続けるよりも、安全な場所で状況を見極める方が生き残れる確率は高いのです。
準備を整え、いよいよ実行の時が来ました。
タヌキチは仲間たちに指示を出しながら、慎重にタイミングを測りました。
信号が赤に変わり、車が一時的に止まる瞬間を見極めて「今だ!」と声を上げました。
タヌキたちは一列になり、タヌキチの後を追いかけました。
道路を半分まで渡ったところで、中央分離帯にたどり着き、次の信号が赤になるのを待ちました。
運転手の中には驚いた顔でタヌキたちを見つめる人もいましたが、タヌキチは冷静でした。
「次の緑信号の直後がチャンスだよ」と声をかけ、最後のダッシュを成功させました。
こうして全員が無事に道路を渡りきり、果実園へとたどり着きました。
そこには噂通り、熟した果実がたわわに実っていました。
甘い香りが漂う中、タヌキたちはお腹いっぱいになるまで果実を味わいました。
「タヌキチ、君がいなかったら絶対にここまで来られなかったよ!」と、仲間たちは感謝の言葉を口々に伝えました。
タヌキチは少し照れくさそうに笑いましたが、自分の特技が仲間たちの役に立てたことに心から満足していました。
その後、果実園でのひとときを満喫したタヌキたちは、またタヌキチの知恵を頼りに無事山へと戻りました。
それ以来、タヌキたちの間では「タヌキチの教え」として、観察力、計画力、そして協力の大切さが語り継がれるようになりました。
そしてタヌキチ自身も、新たな冒険を夢見ながら、今日も山のどこかで交通の観察を続けているのです。