季節は春の初め、夜の街には静けさが広がっていた。
彩花(あやか)は、窓から入る冷たい風に肩をすくめながらベッドに横たわった。
日々の忙しさに追われ、心が疲れ切っていることに彼女自身も気づいていた。
仕事のストレスや、漠然とした将来への不安が彼女の心に影を落としていた。
しかし、その夜、彩花は不思議な夢を見ることになる。
夢の中、彩花は見知らぬ場所に立っていた。
そこは美しい庭園だった。花々が満開で、色とりどりの花びらが風に揺れて踊るように見える。
青空には暖かな陽射しが降り注ぎ、小鳥たちがさえずりながら空を舞っている。
庭園の中央には大きな池があり、その周りにはベンチがいくつか置かれていた。
池の水面には睡蓮が浮かび、静かな波紋を広げている。
「ここはどこだろう?」
彩花は不安を感じることもなく、ただその場の美しさに心を奪われた。
庭園には彼女の知らないはずの懐かしさが漂っていた。
しばらく歩いていると、遠くから誰かの笑い声が聞こえてきた。
それは透き通るような、幸せに満ちた笑い声だった。
声の方に向かって進むと、彩花は木陰のベンチに座る一人の少女を見つけた。
白いワンピースを着たその少女は、にっこりと彩花を見上げた。
「待ってたよ。」
彩花は驚いて立ち止まった。
「あなたは誰?」
少女は優しく微笑みながら言った。
「私は、あなたの心の中の幸せ。彩花さん、最近とても疲れているでしょう?でもね、あなたは大丈夫。ここで少し休んでいって。」
彩花は不思議な安心感に包まれ、その場に座った。
少女は小さな手で空に向かって指を指しながら、こう言った。
「この庭園はね、あなたが心のどこかで描いていた場所。疲れたときや悲しいとき、ここに来れば、少しだけ心が軽くなるの。」
彼女たちは庭園の中をゆっくりと散歩した。
少女は彩花に、庭園のさまざまな場所を案内し、そこに込められた意味を語った。
例えば、池の睡蓮は「忍耐と再生」を象徴していること、花畑の虹色の花々は「可能性の広がり」を表していることなど。
彩花は話を聞きながら、自分の胸の奥に小さな温かさが芽生えていくのを感じた。
最後に彼女たちは池のほとりに座り、少女が手のひらを差し出した。
その手の上には小さな光の玉が揺らめいていた。
「これを持っていて。目が覚めても、この光はあなたの中に残る。辛いときや迷ったとき、この光を思い出して。」
彩花が光の玉を手に取ると、それは彼女の胸の中に吸い込まれるように消えた。
すると次の瞬間、眩しい光が彼女を包み込み、夢の庭園は溶けるように消えていった。
目が覚めると、彩花は自分のベッドに横たわっていた。
窓の外から朝の光が差し込んでいる。
胸の中には不思議な安らぎが広がっていた。
現実は変わらないかもしれない。
でも、心の中にある庭園の存在を思い出せば、彼女はどんな困難にも立ち向かえるような気がした。
彩花はベッドから起き上がり、窓を開けて新鮮な空気を吸い込んだ。
そして心の中でそっとつぶやいた。
「ありがとう。またいつか、あの庭園に行けるといいな。」
その日から、彼女の歩みは少しずつ軽やかになっていった。