冬の夜、街は昼間とはまるで別の顔を見せる。
冷たい空気に包まれた中、街中を彩るイルミネーションは、まるで星空が地上に降りてきたかのような幻想的な景色を作り出す。
その景色を何よりも愛しているのが、真希(まき)という女性だった。
真希は、小さい頃から光に魅せられていた。
家族で訪れたクリスマスイルミネーションの輝き、夏祭りの提灯のあたたかな光、そして冬の夜空を照らす満天の星々。
光は彼女にとって、日常の中にある奇跡のようなものだった。
大学を卒業し、地方のメーカーで働くようになった真希は、日々の忙しさの中で、心の安らぎを求めていた。
そして、冬のイルミネーションを見ることが、彼女の一番の楽しみとなった。
ある土曜の夜、真希は仕事を早めに切り上げ、街のイルミネーションを見に出かけた。
大きな並木道に取り付けられた無数の光の粒が、夜空を背景に輝いている。
その中を歩くカップルや家族連れの笑い声が、冬の冷たい空気を温かくする。
真希はいつものように一人で歩いていたが、その孤独が嫌だと思ったことはなかった。
むしろ、輝きの中で一人でいることは、彼女にとって特別な贅沢だった。
並木道を抜けた先には、小さな広場が広がっている。
広場の中央には、巨大なクリスマスツリーが立っていた。
ツリーは金と銀の装飾で飾られ、その頂点には大きな星が光っている。
真希はそのツリーの前で足を止め、深呼吸をした。
空気は冷たいが、心は満たされていた。
「素敵ですよね、このツリー。」
突然、隣から声がした。
驚いて振り向くと、若い男性が立っていた。
彼もまたツリーを眺めている。
彼の顔はどこか穏やかで、優しい笑みを浮かべていた。
「そうですね。毎年ここに来てるんですけど、見るたびに感動します。」
真希は少し照れながら答えた。
知らない人と話すのはあまり得意ではなかったが、その男性には不思議と警戒心を抱かなかった。
「僕もこのツリーを見るのが好きなんです。初めてここに来たとき、こんな綺麗な景色があるんだって驚きました。」
その言葉に、真希は親近感を覚えた。
イルミネーションを愛する気持ちは、自分だけの特別なものだと思っていたが、こうして同じように感じる人がいることが、少し嬉しかった。
二人はそのまま話し始めた。彼の名前は大樹(たいき)で、都内のIT企業で働いているという。
仕事の忙しさから逃れるように、週末にこうしてイルミネーションを見に来るのが趣味だと言った。
その話に真希は何度もうなずいた。
同じような理由で、自分もここに来ているからだ。
気づけば二人は、広場を出て並木道を一緒に歩いていた。
イルミネーションの光が、足元を優しく照らしている。
真希はふと、大樹に尋ねた。
「どうして、イルミネーションが好きなんですか?」
彼は少し考え込んだ後、答えた。
「なんでだろう…。でも、こういう光を見ると、自分の中にあるモヤモヤしたものが消えていく気がするんです。それに、誰かと一緒に見ると、もっと特別に感じられる気がして。」
その言葉に、真希は胸が温かくなるのを感じた。
彼の言葉には、自分が言葉にできなかった感情が詰まっているように思えた。
そして、自分もまた、誰かとこの光を共有できたらどれほど素敵だろうか、と初めて思った。
その夜、真希は家に帰るとすぐにカレンダーを開いた。
次の週末も大樹と一緒にイルミネーションを見に行く約束をしたのだ。
二人でどこに行こうか、どんな景色を見られるだろうかと考えると、自然と笑顔がこぼれた。
光に包まれた冬の街での出会い。
それは偶然だったのかもしれないが、真希にとっては運命のように感じられた。
イルミネーションが教えてくれたのは、光の美しさだけではなく、心の中にある小さな灯火を誰かと共有することの素晴らしさだった。
そして、街はまた冬を迎え、真希と大樹は新たな景色を探しに行く。
どんな未来が待っているかはわからないが、少なくともその道には、二人を導く光が確かに輝いているのだった。