夕暮れ時、海沿いの小さな町にある老舗のアイスクリーム屋「パステルハート」。
その店は50年以上前から町の人々に愛され、夏になると観光客で賑わう。
ガラスケースには、カラフルなジェラートがずらりと並んでいる。
その中でひと際目を引くのが、鮮やかな黄色のレモンシャーベットだった。
菜月(なつき)はその店でアルバイトをしている大学生。
彼女はレモンシャーベットが大好きで、子供の頃からこの店に通っていた。
「レモンシャーベットを食べると元気になる」と笑っていた母の影響だ。
菜月の母は菜月が高校生の時に病気で亡くなったが、その笑顔と共に残ったレモンシャーベットの思い出は、彼女にとって特別なものだった。
ある日、店に一人の青年がやって来た。
白いシャツにサングラスをかけた彼は、どこか寂しげな雰囲気をまとっている。
「おすすめは?」と訊かれ、菜月は迷わず答えた。
「レモンシャーベットです! 爽やかで、気持ちが明るくなりますよ」
青年は少し驚いたように目を見開き、やがて小さく笑った。
「じゃあ、それを」
彼は一口食べると、懐かしそうに目を細めた。
「不思議だな。この味、昔どこかで食べたことがある気がする」
その日を境に、青年は頻繁に店を訪れるようになった。
名前は祐真(ゆうま)と言い、仕事の合間に町を訪れているらしい。
菜月は、祐真がレモンシャーベットを好きになってくれたことが嬉しく、次第に彼との会話を楽しみにするようになった。
ある日、祐真がふとつぶやいた。
「実は、この町には思い出があるんだ。幼い頃、家族でよく来ていてさ。母親が特にレモンシャーベットが好きで、よく一緒に食べてた。でも、母はもういなくて」
その言葉を聞いて、菜月はハッとした。
彼の体験が自分のものと重なるようで、胸がぎゅっと締め付けられる。
「私の母もレモンシャーベットが好きでした。亡くなる前、病院でもよくこれを食べていて。だから、今でもレモンシャーベットは私にとって特別な味なんです」
祐真は驚いたように菜月を見つめた。
「そうだったんだ。じゃあ、このシャーベットが僕たちの共通点だね」
それ以来、二人は互いの思い出を少しずつ語り合うようになった。
レモンシャーベットを食べながら、母との思い出や小さな出来事を共有する時間は、二人にとって癒しのひとときとなった。
ある夏の日、祐真が菜月に言った。
「実は僕、この町に引っ越そうと思ってるんだ。このシャーベットがある町に住むのが、なんだかいい気がして」
その言葉を聞いて、菜月の胸に暖かいものが広がった。
「それなら、もっと一緒にレモンシャーベットを食べられますね」
「そうだね。でも、もうひとつ理由があるんだ。菜月がいるから」
菜月の頬はほんのりと赤くなった。
けれど、彼女は笑顔で応えた。
「じゃあ、これからもこの店でお待ちしてますね」
レモンシャーベットは、ただの冷たいお菓子ではなかった。
誰かとの大切な思い出を包み込む、小さな奇跡の味。
これからも二人は、その甘酸っぱさを分かち合いながら、新しい思い出を紡いでいくのだろう。