ハブ茶の香りに包まれて

面白い

小さな田舎町の片隅に、一軒の古い喫茶店があった。
店の名前は「茶寮かすみ」。入り口には手書きの木製看板が掛けられ、季節ごとに変わる小さな花が添えられている。
常連客たちに愛されるこの店には、少し変わった特徴があった。
それは、店主である美咲が淹れる「ハブ茶」が主役であるということだ。

美咲は幼い頃からハブ茶が好きだった。
子どもの頃、祖母がよくハブ茶を煮出してくれた。
甘い香ばしさとほのかな苦みは、心に染みる味だった。
夏の暑い日も冬の冷えた日も、ハブ茶は彼女の生活の一部だった。
祖母が亡くなった今でも、その味は美咲にとって「家族」の象徴であり、温もりの記憶だった。

「茶寮かすみ」を開くきっかけも、その思い出にあった。
都会での仕事に疲れ果てて帰郷した美咲は、祖母の古い家を片付けているときに、昔の茶葉を入れる陶器の壺を見つけた。
ふたを開けると、ほのかな香ばしさがふわりと鼻をくすぐった。
その瞬間、彼女は思い立った。
「この香りと味を、もっと多くの人に届けたい」と。

美咲が店を始めた当初は、ハブ茶に興味を持つ人は少なかった。
「お茶なんてどれも同じ」と思っている人がほとんどで、ハブ茶の魅力を語っても、「苦そう」「地味じゃない?」といった反応ばかりだった。
それでも美咲はあきらめなかった。
ハブ茶の美味しさを最大限に引き出すために、農家を訪れて品質の良い茶葉を探し、独自のブレンドを試みた。

ある日、ふらりと店に入ってきた一人の客が、美咲の人生を変えた。
年配の女性で、杖をつきながらそっと席に座った。
疲れた表情を浮かべていた彼女に、美咲はいつものように笑顔で声をかけた。

「よろしければ、特製のハブ茶をお試しになりませんか?体も心も温まりますよ。」

女性は少し驚いたように目を見開いたが、静かにうなずいた。
美咲が丁寧に淹れたハブ茶を一口飲むと、彼女は涙を浮かべてこう言った。

「この味、懐かしいわ……。昔、母がよく作ってくれたの。」

その日を境に、美咲のハブ茶の評判は少しずつ広がっていった。
地元の新聞にも取り上げられ、ハブ茶を目当てに訪れる観光客も増えた。
だが、美咲にとって何よりもうれしいのは、常連客たちがそれぞれの思い出を語りながらハブ茶を楽しんでくれることだった。

ある冬の日、店の窓の外には雪が舞い、暖かい店内にはいつものようにハブ茶の香りが漂っていた。
常連の中学生の男の子が宿題を広げている横で、美咲は新しいブレンドの試作に没頭していた。
そこへ、一人の若い女性が訪れた。
顔立ちには見覚えがあったが、すぐには思い出せなかった。

「こんにちは。ここに来るのは初めてですが、ハブ茶をいただけますか?」

美咲はにこやかにうなずき、いつもの手順でハブ茶を淹れた。
その間に、女性は店内を見回していたが、ふと壁に飾られた古い写真に目を止めた。

「この人……私のおばあちゃんです。」

その写真は、美咲がかつて淹れたハブ茶を喜んで飲んでくれた年配の女性だった。
若い女性は、祖母から聞いた「茶寮かすみ」の話を思い出し、この店に来たのだという。

「おばあちゃん、ここで飲んだハブ茶が本当においしかったって言ってました。最後に幸せをくれたのは、あなたの淹れたお茶だったんです。」

その言葉を聞いて、美咲の目には自然と涙が浮かんだ。
自分のしてきたことが、誰かの心に寄り添い、温もりを届けられたのだと実感した瞬間だった。

それから数年、茶寮かすみのハブ茶はさらに多くの人に愛されるようになった。
町のお祭りでは特製のハブ茶が振る舞われ、地元の名物として定着していった。

美咲は今日もハブ茶を淹れ続ける。
茶葉が湯に広がり、香ばしい香りが立ち上る瞬間、彼女はいつも思うのだ。

「この香りが、人と人をつなぐ橋になればいいな」と。