スレートという名の静かな村は、険しい山々に囲まれ、四季を通じて自然の美しさに彩られていました。
村の人々は、長い年月をかけて土地に根を下ろし、伝統と自然の知恵を活かしながら慎ましい生活を送っていました。
この村には、不思議な伝承がいくつかありましたが、最も有名なものは「黒い森の伝説」でした。
黒い森は、スレートの村から少し離れた場所に広がる鬱蒼とした森で、日中でも暗く、木々の間から差し込むわずかな陽光が、神秘的な雰囲気を醸し出していました。
村人たちは、黒い森には決して近づかないように教えられ、森の中で迷った者は戻ってこないと信じられていました。
特に、満月の夜には森に入ってはいけないと言い伝えられており、それは村の掟にも近いものでした。
そんなある満月の夜、17歳の少年アレンは、何かに引き寄せられるように黒い森の入口に立っていました。
アレンは好奇心旺盛な性格で、いつも冒険を夢見ていました。
黒い森の伝説については、幼い頃から聞かされていましたが、それでも謎めいたその場所に対する興味が抑えきれず、ついにその夜、森の奥へと足を踏み入れてしまいました。
森の中は静寂に包まれ、アレンの足音だけが響いていました。
月明かりが木々の隙間からぼんやりと差し込み、道なき道を照らしていました。
どこかで小鳥がさえずり、風が木の葉を揺らす音がするものの、それ以外は何も聞こえません。
しばらく歩いていると、やがてアレンは古びた石の祠(ほこら)を見つけました。
祠は苔むし、まるで忘れ去られた遺物のように静かにそこに佇んでいました。
祠には、村では見たことのない不思議な文字が彫られており、その中心には、夜光石のように淡い青白い光を放つ石がはめ込まれていました。
アレンはその石に手を伸ばし、そっと触れてみました。
その瞬間、眩い光が彼を包み込み、意識が遠のいていくのを感じました。
目を覚ますと、アレンは見知らぬ場所に立っていました。
そこは黒い森とは似ても似つかない場所で、緑豊かな草原が広がり、空には三つの月が輝いていました。
見たこともない動物たちが草原を駆け回り、まるで夢の中にいるかのようでした。
「ここはどこだ?」とアレンは呟きました。
すると、後ろから声が聞こえました。
「ここは『鏡の国』だよ。」
振り向くと、そこには銀髪の少女が立っていました。
彼女の瞳は深い青色で、不思議な光を帯びていました。
「私はエリス。この国の守護者よ」と名乗り、アレンに微笑みかけました。
エリスは、アレンが迷い込んだこの場所について語り始めました。
鏡の国は、黒い森の祠からのみ通じる異世界であり、この世界にはスレート村で伝えられてきた伝説の真実が隠されているというのです。
「なぜ僕がここに?」とアレンが尋ねると、エリスは神妙な顔で言いました。
「あなたには、この国に宿る力を解き放つ鍵となる資質があるのよ。千年ごとに選ばれる『鏡の魂』として…。」
鏡の国は美しくも、薄暗い影が差し込む場所でもありました。
エリスによると、鏡の国には邪悪な影の王が眠っており、彼の復活を阻止するためにアレンはここに呼ばれたのだというのです。
影の王は、かつて鏡の国を支配し、周囲の世界を荒廃させた恐ろしい存在でしたが、先代の鏡の魂が封印したことで、平和が保たれていたのです。
「この国に生きる者たちのため、どうか協力してほしい。」とエリスはアレンに懇願しました。
アレンは戸惑いながらも、その願いを受け入れることにしました。
エリスと共に、アレンは影の王の眠る場所である「闇の湖」を目指し、長い旅を始めました。
道中、アレンはこの世界の不思議な生物たちや、鏡の国のさまざまな風景を目の当たりにし、次第にエリスとも深い絆で結ばれていきました。
そして、ついに闇の湖へとたどり着いたアレンとエリスは、影の王の封印を強化するための儀式を行いました。
しかし、儀式の途中で影の王が目を覚まし、二人に襲いかかってきました。
アレンは恐怖に震えながらも、エリスの言葉を胸に、全力で立ち向かいました。
そして最後の一撃を放ち、影の王を再び封じ込めることに成功したのです。
闇の湖が静寂を取り戻したとき、アレンは力尽きて倒れましたが、エリスが彼を抱きしめながら優しく囁きました。
「ありがとう、アレン。あなたは鏡の国だけでなく、自分自身の強さも証明したのよ。」
その後、再び光に包まれたアレンは、気がつくと黒い森の祠の前に戻っていました。
全てが夢だったのか、現実だったのか確かではありませんでしたが、アレンの心には確かな変化がありました。
それ以来、アレンはスレート村で鏡の国のことを語るようになりましたが、それを信じる者はほとんどいませんでした。
しかし、アレンだけは知っていました。
あの黒い森には、異世界へと繋がる秘密が眠っていることを。
そして、彼が守った鏡の国が、いまもどこかで彼を見守っていることを。