昔々、ある山あいの小さな村に、冬の訪れが特別に嬉しい青年が住んでいました。
その青年の名は「陽介」。
陽介は、村で一番寒がりで、雪が降るといつも家に引きこもり、家族と一緒に暖かいこたつの中で過ごすのが楽しみでした。
特に、こたつの上に積まれたオレンジ色のみかんを見ると、彼は心が温かくなり、ついつい手を伸ばしてしまうのです。
そう、陽介は何よりもこたつの上のみかんが好きで、家族もそのことをよく知っていました。
ある年の冬、陽介の家に初めてこたつが導入されたのは、村で一番の冷え込みが予想された寒波の時でした。
それまで村の家々は、炭火や薪で暖をとるのが主流で、こたつなどという近代的な暖房器具は、珍しいものでした。
しかし陽介の家族は、陽介が寒がりだと知っていたため、彼が快適に過ごせるよう、近隣の町からこたつを取り寄せてくれたのです。
初めてこたつの布団に足を差し入れたときの感覚は、陽介にとって忘れられないものでした。
ふわふわと温かい布団の中で、体がじんわりと温まっていく心地よさに、彼は思わず「このままずっとここにいたい」と心の中でつぶやきました。
そして、家族がこたつの上に積んでくれたのは、冬の定番「みかん」。
陽介は手を伸ばし、みかんの皮を一つ一つ丁寧にむきながら、こたつに入りながら食べるみかんの美味しさに夢中になっていきました。
それ以来、陽介の「こたつとみかん」は冬の風物詩となり、家族や友人たちにとっても小さな笑い話の種となりました。
彼はこたつにみかんを欠かさず積んでおき、毎日少しずつ味わうのが日課となっていました。
しかし、その冬、陽介にはひとつの悩みがありました。
それは、村で噂になっている「雪の女神」の話でした。
村では「雪の女神」という存在が語り継がれており、冬になると村人のもとに現れ、暖かな家を巡り歩き、家の中のぬくもりを分けてもらうという言い伝えがありました。
女神の訪れを拒んだ者は、不思議な寒さに襲われ、春までの長い冬をさらに厳しく感じるというのです。
ある夜、陽介がこたつで居眠りをしていると、ふいに窓の外でかすかな音がしました。
静かな雪の降る夜、外に誰かがいるような気配がありましたが、家の外には誰の姿も見えません。
しかし、何かが陽介の心を引き、彼はふと窓を開けてみました。
すると、雪の中に白く輝く人影が見えました。
その女性は真っ白な雪のような肌と、長い銀色の髪をたなびかせており、見るからに人ならざる美しさでした。
彼女は「雪の女神」として語られている存在に違いないと陽介は直感し、恐る恐る「…どうして、ここに?」と尋ねました。
女神は微笑みながら「あなたの家の中には、あたたかさが満ちているのを感じました。
こたつのぬくもり、そしてみかんの甘い香りが、私を呼んでくれたのです」と静かに語りました。
陽介は驚きながらも、彼女に「どうぞ、中へお入りください」と言いました。
彼女が家に入ると、こたつの明かりがほんのりとその白い顔に映り、女神の顔にやさしい表情が浮かびました。
女神はこたつに座り、みかんを一つ手に取り、皮を丁寧にむいて一口頬張りました。
その表情は穏やかで、彼女がみかんを味わう姿を見ていると、陽介は自分もまた、同じみかんが好きであることに不思議な親しみを覚えました。
女神はその晩、陽介の家でみかんを何個か食べ、心からの感謝の言葉を伝えて帰って行きました。
そして、翌朝、彼が外に出ると、家の前には一面の銀世界が広がり、あたりは静寂に包まれていましたが、不思議と寒さが和らいで感じられました。
女神が陽介のもとを訪れ、彼が冬を快適に過ごせるように寒さから守ってくれたようでした。
それ以来、村では「雪の女神が訪れた家には暖かな冬が訪れる」との言い伝えが新たに加わりました。
陽介はその冬を通して、こたつのみかんをいつもより楽しみ、女神がまた訪れるかもしれないと毎晩期待しながら眠りました。家族や友人たちは、「陽介の家には冬の女神がみかんを食べに来る」と噂し、冬の間中、陽介の家にはこたつとみかんが絶えず並べられるようになったのです。
そして、毎年冬が訪れるたびに、陽介の家では、温かなこたつの中でみかんが欠かせない存在となりました。
それは、ただの果物ではなく、冬の寒さを和らげる魔法のような、温かさをもたらす象徴になったのでした。