ある冬、村に住む若い木こりの男、和馬(かずま)は、家族を養うためにどうしても山へ薪を取りに行かざるを得なかった。
厳しい寒さが続き、薪の在庫は底をついていた。
村の年寄りたちは口を揃えて「今年は特に寒い冬になる。山には決して近づくな」と忠告したが、和馬はそれを無視し、山へと足を踏み入れた。
山道は雪で覆われ、いつも通りの道がどこかもわからなくなるほどだった。
やがて和馬は深い森の中で、道に迷ってしまった。夜になり、吹雪が激しさを増す。
彼は凍える手を擦りながら、必死で避難できる場所を探していた。
その時、彼の視界の端に、ぼんやりと光が浮かび上がった。
和馬はその光に引き寄せられるように進んでいった。
そこには、山の中にぽつんと立つ、古びた小屋があった。
小屋の扉を叩くと、驚くことに中から応答があった。
扉を開けると、そこには美しい若い女が一人、静かに立っていた。
彼女は白い着物を身にまとい、まるで雪そのもののように透き通るような肌をしていた。
「こんな吹雪の中、どうしてここに?」女は静かに尋ねた。
和馬は事情を話し、助けを求めた。女は微笑み、彼を招き入れた。
小屋の中は不思議なほど暖かく、和馬は安堵して椅子に腰を下ろした。
女は炉端に火を入れ、温かい食事を差し出してくれた。
彼女の優しさと美しさに、和馬はすぐに心を奪われた。
こんな場所にこんな美しい女性がいるのは不自然だと思いつつも、彼はそのことを深く考えなかった。
疲れ切っていた和馬は、やがて深い眠りに落ちていった。
目を覚ますと、小屋の中は冷え切っていた。
あたりは静まり返っており、女の姿も見当たらない。
外を見ると、吹雪はさらに激しさを増していたが、奇妙なことに足跡一つ残っていなかった。
和馬は不安に駆られ、急いで小屋を出ようとしたが、扉が凍りついて開かなくなっていた。
その時、背後から冷たい風が吹きつけ、何かが動く気配がした。
和馬が振り返ると、そこにはあの女が立っていた。
だが、彼女の顔には以前の微笑みはなく、その目は氷のように冷たく光っていた。
「ここに来たのが運の尽きだ…」彼女の声は凍えるように冷たかった。
和馬は恐怖で体がすくんだ。
彼女は静かに近づき、彼の耳元でささやいた。
「あなたは、ここで永遠に凍りつくのよ。」
突然、彼女の姿が霧のように消えたかと思うと、部屋全体が氷に包まれた。
和馬の体は動かなくなり、彼の全身はゆっくりと凍りついていった。
意識が薄れゆく中、彼は彼女の冷たい笑い声を遠くで聞いた。
数日後、村人たちは和馬が帰ってこないことに気づき、捜索隊を組んで山に入った。
雪深い山道を進むと、古びた小屋が見つかった。
小屋の中には、凍りついた和馬の遺体が椅子に座っていたという。
彼の顔には、何かを見てしまったかのような恐怖の表情が刻まれていた。
村の老人たちはその光景を見て、静かにこう言った。
「やはり、雪女が出たのだ。山に入った者は、決して無事では戻れない。」
それ以来、その小屋は「凍りの家」と呼ばれ、誰一人として近づく者はいなかった。
そして、冬のたびに村人たちは雪女の伝説を思い出し、山に近づくことを禁じたのだった。
しかし、夜が更けると、遠くから女の冷たい笑い声が今もなお聞こえてくるという。
それは、まだ誰かが彼女に引き寄せられ、永遠に凍りついている証なのかもしれない。