マンゴープリンと彼女の夏

食べ物

ある夏の日、瑞々しい風が窓から吹き込んできた。
外は太陽が燦々と輝き、木々の緑が鮮やかに揺れている。
その光景をぼんやりと見つめていたのは、佐藤美咲(みさき)という20代半ばの女性だった。
美咲は幼い頃から甘いものが大好きで、その中でも特に「マンゴープリン」への愛情が強かった。

彼女のマンゴープリンへの執着は、ただの好きという言葉では語り尽くせない。
思い出深い理由があった。
美咲の家族は仲が良く、幼い頃から毎年夏になると祖母の家へ遊びに行くのが恒例だった。
そこでの楽しみは祖母が作ってくれる、濃厚なマンゴープリンだった。
冷たく滑らかな食感と、口の中に広がるトロピカルな香り。
美咲にとってその一口が、夏を告げるサインだった。

時は流れ、美咲は成長し、大学を卒業し、都会のオフィスで働く社会人になった。
しかし忙しい日々に追われ、故郷へ帰る機会も少なくなった。
祖母の家にも、あの懐かしいマンゴープリンにも、しばらく会うことはなかった。
けれども、彼女の心の中にはいつでもあの味が残っていた。

そんな美咲が、ある日仕事の合間に何気なくスマートフォンで料理動画を見ていると、ふと目に留まったのが「マンゴープリン」の作り方だった。
動画の中で紹介されているレシピは、彼女が知っているものと少し違うものだったが、懐かしさが胸をよぎった。
ここ何年も食べていなかったその味が、急に恋しくなったのだ。

「久しぶりに作ってみようかな…」

美咲はその夜、スーパーで完熟したマンゴーや生クリーム、ゼラチンなどの材料を買い込み、自分のアパートのキッチンで手作りに挑戦した。
キッチンに立つと、いつも仕事で感じるストレスが一瞬和らぐのを感じた。
熟したマンゴーを切ると、その甘い香りが一気に広がり、彼女の心はさらに軽くなった。
材料を混ぜ合わせ、慎重にゼラチンを溶かし、冷蔵庫で冷やす。
あとは固まるのを待つだけだ。

翌朝、冷蔵庫を開けると、黄金色に輝くマンゴープリンが美咲を待っていた。
スプーンで一口すくうと、その柔らかさと甘酸っぱい味わいが口の中に広がり、彼女は思わず笑みを浮かべた。
完璧ではなかったが、確かに彼女の記憶にあるあの味だった。

それから、美咲は暇を見つけてはマンゴープリンを作るようになった。
いつしか、職場でも「マンゴープリンが好きな人」として知られるようになり、同僚たちから「また作って持ってきて!」とリクエストを受けるようになった。
忙しい日々の中でも、マンゴープリンを作る時間だけは彼女にとっての癒しだった。

しかし、その頃から美咲の心には少しずつ変化が訪れていた。
ある日のこと、仕事で大きなプロジェクトを担当していた彼女は、上司から厳しい言葉を受けた。
自分の努力が認められず、限界を感じてしまった彼女は、気づけば仕事帰りに駅前のカフェに入っていた。
そこには「マンゴープリンパフェ」の文字がメニューに並んでいた。

「こんなところで出会うなんて」

疲れた心を慰めるように、美咲はそのパフェを注文した。
大きなグラスに層をなすプリンとクリーム、そして新鮮なフルーツが美しく盛り付けられている。
彼女はスプーンを手に取り、一口食べる。
すると、涙がこぼれそうになった。
家で作るマンゴープリンとはまた違うけれど、その甘さが心に染み渡り、彼女の心の隙間を少しずつ埋めてくれるようだった。

その夜、美咲は実家の母から電話を受けた。
祖母が体調を崩し、入院しているという知らせだった。
突然のことに動揺しながらも、美咲はすぐに翌日の仕事を調整し、実家へと向かった。

病院のベッドで横たわる祖母は、少しやつれていたが、美咲の顔を見ると柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だよ」と祖母は言ったが、その言葉に美咲は涙を堪えられなかった。

「おばあちゃんのマンゴープリン、また作ってほしいな」

美咲は泣きながらそう言った。
祖母はゆっくりと美咲の手を握り、「じゃあ、一緒に作ろうね」と囁いた。

数日後、祖母が無事に退院すると、美咲は祖母と一緒に久しぶりにマンゴープリンを作った。
祖母の手は少し震えていたが、それでも変わらない丁寧な手つきでマンゴーを切り、材料を混ぜ合わせた。
その様子を見ていると、美咲の心の中で何かがはっきりとした。

「私は、マンゴープリンが大好きなんだ。それは、家族との思い出が詰まっているからだ」

祖母と作ったマンゴープリンを家族みんなで食べたその日、美咲は新たな目標を決めた。
彼女は今までとは違う形で、甘いものを作る楽しさや大切な人との時間を、もっと多くの人に伝えていこうと思ったのだ。