ある夏の夕方、田舎の小さな村に住む高校生のユウスケは、友人たちと一緒に川辺で遊んでいた。
その川は、地元の人々から「霊の川」として知られていたが、特に若者たちはその話を笑い話にしていた。
言い伝えでは、その川には昔、洪水で亡くなった者たちの霊が漂っており、夜になると水面に現れるという。
ユウスケたちは、その話を聞いても全く気にせず、友人たちと川辺で水遊びをしていた。
日はゆっくりと沈み、夕焼けが川面に映り込んで美しい風景を作り出していた。友人のケンジが言った。
「おい、暗くなる前にもう少し奥まで行こうぜ!」
川の上流には、普段あまり人が近づかない場所があり、深い淵が広がっているという。
そこは地元の人々が特に恐れる場所で、昔、数人の若者が溺れて亡くなったとの噂があった。
しかしユウスケたちは、その噂もただの迷信だと軽く考えていた。
「怖いのか?」ケンジが挑発するように笑った。
「そんなわけないだろ。」ユウスケは胸を張って答え、友人たちと共に上流へと進んだ。
川辺からは少し離れた場所に、大きな岩が積み重なったような淵があった。
そこに到着すると、ケンジが先に川に飛び込んだ。
ユウスケもそれに続き、友人たちと笑いながら泳ぎ始めた。
しかし、突然、空気が一変した。
風が冷たくなり、周囲が静まり返ったかと思うと、川の水が急に濁り始めた。
「何だよこれ、急に寒くなってきたな…」とユウスケが言ったその時、川の向こう側から、何かがこちらを見ている気配がした。
「おい、あそこに何かいるぞ!」ケンジが驚いた声を上げた。
みんながその方向を見つめると、確かに水面に白い影のようなものが浮かんでいるのが見えた。
人の形をしているようにも見えたが、はっきりとは分からない。
しかし、その影は徐々に近づいてきた。
「冗談だろ…」ユウスケは呆然とした。
友人の一人が叫んだ。
「逃げよう、ここはまずい!」
全員がパニックになり、急いで岸に向かおうとしたその瞬間、ユウスケの足に何かが絡みついた。
冷たくてぬるりとした感触が足首に巻きつき、まるで川底から手が伸びているようだった。
「くっ…離せ!」ユウスケは必死にもがいたが、その力はどんどん強くなっていった。
必死に水をかき分けて岸に向かおうとするが、体が引きずり込まれるように感じた。
周りでは友人たちが叫んでいたが、彼らも同じように何かに捕まっているようだった。
「何だこれ、助けてくれ!」ケンジの声が恐怖に満ちていた。
ユウスケは振り向いた。
その時、川の水面から、はっきりと人の顔が浮かび上がっているのを見た。
それは、無表情のままじっとこちらを見つめていた。
その目は虚ろで、まるでこちらの魂を見透かしているかのようだった。
ユウスケは叫び声を上げようとしたが、声が出なかった。
その時、突然、ユウスケの足元から力が消えた。
川の底から引っ張る力が消え、彼は一気に浮かび上がった。
岸にたどり着いたユウスケは、息を切らしながら必死に友人たちを探したが、ケンジともう一人の友人、タカシが見当たらない。
「ケンジ!タカシ!どこだ!」ユウスケは必死に叫んだが、返事はなかった。
残った友人たちも青ざめた顔をして、ただ川を見つめていた。
その後、地元の警察や救助隊が川を捜索したが、ケンジとタカシの姿はどこにも見つからなかった。
彼らはそのまま消息不明となり、川は再び静かに流れ続けた。
村人たちは、「あの川の霊に引き込まれたのだ」と噂し、二度とその川に近づかなくなった。
ユウスケはその後、川のことを思い出すたびに悪夢にうなされるようになった。
彼の足に巻きついたあの冷たい感触、そして水面に浮かんだあの無表情の顔は、彼の心に深い傷を残した。
そして、夏の夕暮れが訪れるたび、あの川から誰かが手招きしているかのような気配を感じるのだった。
それから数年後、ユウスケは再び川を訪れることはなかったが、彼の夢の中では、あの恐ろしい夜の出来事が今も繰り返されている。
川は静かに流れ続け、そして誰もがその恐ろしい真実を忘れ去ろうとしているが、川の底には、まだ何かが潜んでいるのかもしれない。