美咲の癒し時間

面白い

美咲は、どんなに忙しい日でも、お風呂の時間だけは決して譲らない。
彼女にとって、お風呂はただ身体を洗う場所ではなく、心もリセットし、自分を癒す大切な時間だった。

小さな頃から美咲は水に触れることが好きだった。
夏にはよく近くの川で遊び、手足を冷たい水に浸しては、心地よさに微笑んでいた。
特に温かいお湯に浸かる瞬間がたまらなく好きだった。
それは母親と一緒に入るお風呂の時間を思い出すからだ。
美咲の母は、いつもお風呂に特別な香りの入浴剤を入れてくれて、彼女が浴槽に浸かるたびにその香りが部屋いっぱいに広がった。
ラベンダーやカモミール、バラなど、季節ごとに異なる香りが楽しめた。
幼い美咲にとって、その香りは日常の中のちょっとした贅沢であり、安心感を与えてくれるものだった。

そんな思い出があるからこそ、大人になった今でも美咲はお風呂の時間を大切にしている。
仕事が忙しい日も、友人との約束がある日も、夜のお風呂は彼女にとって一日の終わりを締めくくる大事な儀式のようなものだ。

彼女の住むアパートは都会の真ん中にあり、仕事も忙しく、日常は何かと慌ただしい。
それでも、美咲の部屋には一つの秘密があった。
お風呂場だ。彼女のお風呂場は、まるでスパのように整えられている。
壁には小さな植物が飾られ、心地よい香りが漂うアロマキャンドルが幾つか並んでいる。
お湯に浸かると、柔らかな照明が静かに揺れ、まるで別世界にいるかのような感覚に包まれる。
美咲はこの空間を、自分の「心のオアシス」と呼んでいる。

お風呂に入る前、美咲は一日のストレスを洗い流すために準備を整える。
お気に入りのアロマオイルを選び、今日はどの香りでリラックスしようかと考えるのが彼女の日課だ。
バニラの甘い香りで包まれる日もあれば、ミントのすっきりとした香りで頭をクリアにする日もある。
時にはローズの香りで自分を贅沢に包み込み、ふんわりとした優雅な気分を楽しむこともある。
お風呂の中で香りが広がるたびに、彼女は目を閉じて深呼吸をし、その日の疲れがすーっと溶けていく感覚を楽しむのだ。

お湯にゆっくりと浸かりながら、美咲はしばしの間、現実を忘れる。
スマホの通知や、外から聞こえる都会の喧騒も、お風呂場ではすべて消え去る。
美咲は時折、心の中で静かに自分に問いかける。
「今日一日、私は自分らしく生きられたかな?」
お風呂の時間は、彼女が自分自身と向き合う貴重なひとときでもある。

そんな美咲には、お風呂での楽しみがもう一つある。
それは、特別な本を読むことだ。
お風呂専用の防水ケースに入れたお気に入りの小説や詩集を、お湯に浸かりながら読むのが彼女の習慣だ。
蒸気でほんのり温まったページをめくると、物語の世界にどっぷりと浸かることができる。
特に、心温まる話や、静かに心に響く詩が好きで、読んでいるうちに気持ちがふわっと軽くなるのを感じる。

ある日、特に忙しい一日を過ごした美咲は、いつものようにお風呂に入り、疲れた心と身体をリセットしようとしていた。
しかし、その日は普段以上に疲れがたまっており、何をしても気分が晴れなかった。
いつもの香りも、読んでいた本も、なんだか心に響かない。
それでも、美咲はお湯に浸かりながら、自分に「今日もよく頑張ったね」と優しく声をかけた。
その瞬間、胸の奥がふわっと温かくなり、ようやく少しだけ心が軽くなったのを感じた。

お風呂から上がった美咲は、体中にふんわりとしたタオルを巻き、窓の外を眺めた。
夜の静かな空が広がり、星が少しだけ見えていた。
「明日もきっと大丈夫」と美咲は心の中でつぶやき、再びベッドに入った。

彼女にとって、お風呂は単なるリラックスの場ではない。
それは自分自身と向き合い、癒し、次の日への力を蓄える大切な場所なのだ。
どんなに大変な日でも、お風呂さえあれば、美咲はまた笑顔で前に進むことができる。