封印された井戸の囁き

ホラー

ある寒い冬の夜、都心から少し離れた山間にある小さな村がありました。
その村は昔から「見てはいけないもの」を見た者が不幸に見舞われるという古い言い伝えがありました。
人々はこの言い伝えを守り、夜になると外に出ることは避け、家の中で過ごしていました。

主人公である佐藤和也は、都市部での忙しい生活に疲れ、この静かな村に移り住むことを決めました。
和也は村の人々からその言い伝えを聞かされましたが、現代の人間には迷信のようにしか聞こえず、気にも留めませんでした。

和也が住む家は古い木造の一軒家で、庭には大きな一本の杉の木が立っていました。
その木は村のシンボル的な存在であり、「神木」として崇められていました。
村人たちはこの木を「守り神」として大切にしていましたが、和也はそれをただの古い木だとしか思っていませんでした。

ある晩、和也はどうしても仕事を終わらせなければならず、夜遅くまでパソコンに向かっていました。
窓の外は雪が静かに降り続けており、周囲はしんと静まり返っていました。
ふと、外から何か音が聞こえてきました。
まるで誰かが歩いているかのような、雪を踏みしめる音です。

和也は気になってカーテンを少し開け、外を覗きました。
そこには、庭の杉の木の下に立つ何かが見えました。
暗闇の中で、それははっきりとは見えませんでしたが、人の形をしているようでした。
和也は一瞬、自分の目を疑いましたが、その何かは確かにそこに立っていました。

「誰だろう…?」

和也は疑問に思いながらも、恐怖を感じてカーテンを閉じました。
しかし、その時、窓ガラスに軽くノックする音がしました。
和也は息を飲み、心臓が早鐘のように打ち始めました。
外に立つ者が、自分に向かって何かを伝えようとしているかのようでした。

「こんな時間に誰が…」

勇気を振り絞って再びカーテンを開けると、そこには先ほどの人影が立っていました。
それは明らかに和也の方を見つめていました。
顔は見えませんが、その視線は冷たい鋭さを持っているように感じました。
和也はその場に凍りつき、何も動けませんでした。

やがて、人影はゆっくりと動き始めました。
まるで誘うかのように、家の裏手に回り込みました。
和也は恐怖心と好奇心に駆られ、ふらふらとその後を追いました。
家の裏には古い井戸がありました。
その井戸は村でも忌み嫌われる場所で、誰も近寄ろうとしませんでした。

井戸の前に立つと、人影は消え去りました。
しかし、井戸の中からかすかな声が聞こえてきました。
それは低く不気味な声で、和也の名前を呼んでいました。
恐怖に駆られた和也は、その場から逃げ出そうとしましたが、足が地面に張り付いたかのように動きませんでした。

「和也…」

その声が再び響き渡り、和也の頭の中に直接入り込んでくるようでした。
和也はその声に引き寄せられるように、井戸の縁に手をかけ、中を覗き込みました。
井戸の底は真っ暗で何も見えませんでしたが、和也はそこに何かが潜んでいるのを感じました。

突然、井戸の底から冷たい手が伸び、和也の腕を掴みました。
その手は鋭い爪を持ち、和也の肌を切り裂きました。
和也は叫び声を上げようとしましたが、声が出ませんでした。
恐怖が全身を支配し、彼はその場で意識を失いました。

翌朝、村人たちが和也の家を訪れると、彼の姿はありませんでした。
家の裏にある井戸の前には、血の跡が残っていました。
村人たちは「見てはいけないもの」を見てしまったのだと悟り、彼の名前を二度と口にしませんでした。

その後、和也の家は封鎖され、村の禁忌となりました。
誰もその家には近づこうとせず、井戸も封印されました。
しかし、冬の夜になると、井戸のあたりから低い声で「和也」という名が囁かれるのを聞いたという噂が広まりました。

和也の行方は二度と知る者はなく、村の言い伝えは再び深い闇に包まれました。
人々は夜になると決して外に出ることなく、恐怖に怯えながら静かに暮らしていったのです。